ボンヴィヴァン(伊勢外宮前 ボンヴィヴァン)

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プロフィール 河瀬毅 


■シェフ(09.05.19)

サ・マルシュ!トワムニュ アナニョー、ドゥザントルコート、シルヴプレ!
ギャルソンの矢継ぎ早なオーダーをものともせずに疾風(はやて)のように動くスタッフ。
ひとつのテーブルでメインの肉料理をお客様が別々に選ぶと、当然、皿の柄は違うし付け合わせもソースも変えなければいけません。
ですから厨房では、何種類もの材料やソースを個々に温めることが出来るように、直径僅か16cmの小さな片手鍋が重宝するのです。
料理は、用途に合わせて材質も銅やホウロウ、ステンレス、鋳物と使い分ける。例えば、銅鍋で煮込んだ牛の尻尾の旨さをひとたび味わったならもう、銅鍋の虜(とりこ)になってしまう。
ジャムもそうだしカスタードクリームもね。
ホウロウ鍋もお気に入り。僕好みの色が何色も出ていることも魅力のひとつです。

小さな鋳物のフライパンは、魚専用、帆立専用と分けていて、肉用は、別に5〜6個あるでしょうか。
そりゃそうですよね、鹿肉を焼いているのに仔羊の脂の匂いがじんわりと滲み出てきたら興ざめです。
普通、鋳物のフライパンは使い込んで油の被膜を何層にも重ねるそうですが、僕には無用の作業。
キャンプなどでの男の料理ならいいんですが、当然油のアクも色んな食材の臭いも染み付いているので、作り主としては不本意でしょうが、僕は時々カラ焼きして表面を焼き切ってしまい、新品のように振り出しに戻してしまいます。そして純粋な面で素材を焼く。
無味無臭の鋳物のフライパンを熱してピュアなオイルを注ぐ。うっすらと白い煙が出てきたら魚を皮目からポワレする。ジューッ・・・。

皆さんがイメージするコックさんって、大きくて重いフライパンをヨイショ、ヨイショとあおったり沢山の玉ねぎをトントン機関銃のように切り刻んでいく感じでしょうか?

意外かもしれませんが、フレンチレストランのキッチンは工房や実験室のように静かで細かい作業を黙々と進めていくものなんです。
確かに野菜を切り刻んだり肉を掃除したりするような単純な仕込中は、ギャーギャーとうるさく楽しくやっていますが、手間のかかる仕事や試作、そして特に営業中はわきまえています。
と言うより、無口です。指示のやりとり以外は黙っていないと聞こえなければいけない些細な音や見逃してはいけない事柄が、うっかりと通り過ぎて行ってしまうからです。
圧力鍋から洩れる蒸気の出加減。油鍋の油がはぜる音。スタッフの動き。ギャルソンの催促。
一粒たりとも見逃さないように全神経を研ぎ澄ませて集中する。
失敗のないように一分一秒でもタイミングよく素早く料理を出すために。

美味しい料理を作りたい?

お客様に感動を感じて欲しい?

それは、もちろんそうなんです。でも、それだけのことならそこまで言うことはないし、むしろ僕の場合は、歌でも歌いながら作った方が良かったりするから不思議です。

気合いの入った厨房と言うのは、別に殺気立った雰囲気ではありません。ピーンと張りつめた
空気の中で声がかけづらいほどに集中したシェフなんて、聞こえは良いように思われますが、僕は違う。
何故ならレストランは、全員で動かすもの。一人、集中ぶっているシェフは、傍から見て滑稽だと思いませんか?

シェフをサポートするキュイジニエ(料理人)。
そして、パテシエ、ソムリエ、ギャルソン、マダム。全員が同じように働いて一丸となりレストランを優しく盛り上げる。

みんながみんな集中ごっこをやり始めたとしたら、お客様はたまったもんじゃない。
気を使ってワインの追加だって頼み辛くなる。

パニック時にカリカリしているシェフにはギャルソンも、お客様の情報を伝達するのをためらうかも知れません。

僕は、五感を研ぎ澄ませた厨房で押し寄せるオーダーに飲み込まれそうになりながらも、ギャルソンのタブリエ(前掛け)のズレに気付き、それを話題に周囲をクスッとさせたりすることがあります。
だからこそ、彼女らはリラックスして僕に無理難題が言えるのです。
フリーで来店のお客様は、先日と同じソースなので変えて下さい。年配の方です、塩は控え目に。
早く料理を出して。手が不自由なようです、肉をカットして。
ホールが僕に物申す、ありとあらゆるリクエストは、素直に聞くようにしています。

レストランの主役はお客様であってシェフではありません。
僕に気を使うよりお客様をしっかり見なさいと伝えてあります。


ターブル・アン(1番テーブル)のお客様は、帰りの電車の時間を厳守する。ブラッスリーの鏡の席の常連様は、好き嫌いが多い。固いものが食べられないお婆ちゃんのオーダーも入るし、以前メニューにあって今は外しているオムライスを、どうしても食べたいと言われるのなら喜んで引き受けてきます。
繊細な神経を要するフレンチレストランとアラカルト攻撃のカジュアルレストラン。
そしてティルームにまで食事を出すにいたる極限の状況に陥った時、僕は奮い立ち全神経を集中します。
しかし、感覚を総動員した環境の中でも楽な呼吸を心がけ、スタッフからの耳寄りな話で見えないものを見つけたい。

どこまでもどこまでも追求するつもりです。僕の情熱の炎が消えない限りこの足でピアノの前に踏ん張り素材を触って塩を振る。
いつもいつもお客様とスタッフとマダムのことを偲いながら、この仕事を全うしたいと思います。

追記

先日、不覚にも肺炎になり元気をなくしていた時に、師匠から送っていただいたパテドカンパーニュを食べて気力体力復活。
ゴールデンウイークから忙しく働いた割には、残るもの残らず倦怠感倍増。
昨日、たまらず京都へ脱出。
渾身の懐石料理をいただき再びやる気満々。
上がったり下がったりと地に足が着かない僕ですが、年上のお二方から闘い続ける勇気を貰いました。
もう書けないと思っていたシェフの部屋ですが、今回は大真面目に直球を投げ込みました。



 

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