ボンヴィヴァン(伊勢外宮前 ボンヴィヴァン)

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プロフィール 河瀬毅 


■料理一筋 (06/07/9up)

寿司屋のカウンターに腰掛けるのが好きです。
洗い立ての白衣を身にまとい、白木のカウンターの向こう側で身を構える寿司職人。
私の目の前には粋な醤油刺しと爪楊枝立て。こんなところにも店主の趣味が伺えるんですよね。
厚手のおしぼりで手を拭いて、さぁてきょうは何が良いのかな・・・おもむろにネタケースに目を落とす。
真鰯が、銀色に輝いている。本日は、こいつからいただくことにしよう。
職人がツーっと指先で皮を剥いだ。薄皮が取れて、あたかも高性能エンジンのヘッドのような肌が現れた。
このぬるりっとした光り方が好きだ。
鰯はいくら新鮮でも身は活からない。しかし、皮はパンパンに張っている。これは脂が乗っている証拠。
このぬめっとした光り方が好きだ。まるでプロ用の分厚いアルミ鍋をせっせと磨いたような光沢だ。
ほんの少しのおろししょうがと小さく切った大葉が添えてある。そっと指でつかむ。身のほうにチョンと醤油を
つけて一気にほお張る。ほろっとした酢飯と合わさる極上の鰯。渾然一体として天にも上る気分。美味いなあ!
どうやら私にトロは一生無縁のようです。

言っておきますが、いつもこんな真剣勝負みたいな食べ方はしてないんですよ。
大将とたわいもなく喋ったり連れとワイワイ楽しく食べるだけなんです。
それでも口に入れる瞬間や、心の中だけは真摯に料理と向き合っています。
しょうがないですよね。これでも私は料理を職業としている人間なんですから。

以前に三軒茶屋のおすし屋さんの話をしましたね。
実はそこからほんの十歩進んだところに高級な寿司屋があったんです。
金寿司って言いましたかね。
そこで働く、まっちゃんと呼ばれていた若い寿司職人と飲み屋で知り合いになりました。
なんて偉そうに言ってしまいましたが、当時私は二十歳。あの方は二十四、五だったかな?
よく奢って貰いました。そして興味深い寿司のうんちくも色々。
私が茶楽の寿司屋に時々行くのを知っていたんですね。
ある晩私がカウンターの止まり木でIWハーパーのストレートをチビチビ飲っていたら、
お前ウチに来てみろ。これが寿司って物を食わせてやるから。
・・・結構じゃん。上等じゃん。こちとら茶楽の親父にちょっとは鍛えられたんだから。
それはもう、行きましたよ。麻雀で儲けた金を握って。
今となっては、勇んで行った割にまったく寿司を覚えてないんです。
恐らくバーでの彼しか知らなかったので、いなせな白衣姿に面食らったんじゃないのかな?
残念ですね。若かりし頃のすし職人山口の味を忘れただなんて。
ただ、いまだに付き合いのあるバーのマスターから聞いていたんです。
まっちゃんは北海道に戻って寿司屋を開いているよと。

札幌に行ってきました。そして30年ぶりに再会した、まっちゃんさんの鮮烈な寿司をいただいたんです。
美味いとかの問題じゃなくて自分の人生を問われるようなお寿司に出会ったのは初めてでした。
まず山口さんにビックリ。だって何にも変わってないんですよ。爽やかな顔。ツヤがあり目元が涼しい。
話し方も昔のまんま。立て板に水のように言葉がポンポン出てくる。

昔、バーで出会った頃、この人はつまみにイカバターがお気に入りだった。
ごちそうになってばかりなので遠慮した私は、爪楊枝を噛んでフニャフニャにして、イカバターの横に添えてあるマヨネーズ醤油だけをべったり付けてウイスキーのあてにしていたんです。
何やってんだ!若いのに(自分も若いのに)気を使ってどうするんだ。どんどん食えよ。
マスター、ポップコーンも焼いて頂戴!
と、これが当時の会話。
それが・・・おいおい太ったんじゃねーかい?俺を見てみろよ。毎日寿司に集中して寿司ばっか食ってっからなーんにも変わんねーよ。・・・になっただけ。
15年前には一度電話で話しましたっけ。
お前、三重だよな。伊勢市だな。今度、内地に行くんだよ。新潟に米を買い付けにな。その時寄るよ!
えっ?確かに海は渡ってこっち側だけど、新潟でしょ!?

住宅地の中の瀟洒なお寿司屋さん。埃ひとつない店内の磨き上げられたカウンターの中は、山口さんの舞台。
鮭児、蟹のうちこ、サロマ湖の牡蠣、帆立貝、ボタン海老、いくら、ウニ・・・などなど。

グレードの高い食材を揃えるのに、どれだけの情熱と労力を費やすかは私でも想像がつきます。
この人は、こうして僕の知らない30年を寿司一筋に歩んできたに違いない。
東京以北最高の寿司とうたわれ,あるサイトで全国寿司ベスト100軒中、上位にランクされているすし処さっぽろ。
水、米、酢、塩、砂糖、醤油(ちなみに寿司は塩で食べさせます。)そして酒。
選び抜かれた素材の数々の寿司を口にしたら、彼が歩んできたでしょう長い道のりが、見えた気がしました。
私が、バーモンジーのアンティークマーケットを冷やかしていた時も、この人は早起きして市場を血眼で闊歩していたのでしょう。
私は、もっともっと今以上に努力して進化しなければと思ったんです。
隣でしろうとさんは美味しい美味しいの連発で大感激ですわ、又来ますわと喜んでいる。私もそう。家族もそう。
そして私だけ、もうひとつ感じたことがある。それは、今までの料理人としての人生を振り返り、反省しこれからも続く、料理人としてふさわしい人生を後悔しないようにとことん貫こうと・・・。

どうだい?俺はな、わざわざ来てくれるお客さんのために最高の寿司をいつも出してるんだよ。
そのためにはどんな苦労もいとわない。それが俺のプライドさ。・・・でお前はどうなんだい?

私にとって30年ぶりのまっちゃんさんの寿司は、こんな問いかけが聞こえてきそうな崇高な寿司でした。


 

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