ボンヴィヴァン(伊勢外宮前 ボンヴィヴァン)

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プロフィール 河瀬毅 


■未来のシェフたちへ(06/08/18)

私は、君達の何倍ものスピードで野菜を刻み肉を掃除する。ホロホロと崩れるようなガレットブルトンヌを焼き、サクサクのパイの上にタイムの花のはちみつムースを乗せ、おやつに出すことだって簡単だ。
そして、ようやく美味しい料理も作ることが出来るようになった。君達はまだおそらく作れないかも知れない。
自分で言うのもなんなのだけど、私はお客様と喜びの輪を作り、はにかみながらも、いかがでしたか?と厨房からのこのこと挨拶に伺うこともある。素晴らしかったよ。美味しかったです。一生の思い出になった。
お世辞かもしれない。でもどの言葉も私を有頂天にさせ、この仕事が天職だとしみじみ思う瞬間だ。

厨房のドアを少しだけ開けて、そんなシェフの姿を覗き見しているであろう全国の未来のシェフ達へ物申そう。
料理人になろうと決めた時、心に灯した炎はどんなことがあっても消してはいけない。
この世界は、まだまだ理不尽だ。我慢ばかりで悔しくて枕を濡らす夜があるかも知れない。
この世界のどこか片隅で悶々とした毎日を送っている料理人の卵たち。
それならいっそうの事そこから飛び出してはどうだろう。もちろん責任をちゃんと果たしてからのことだけど。
辛抱するに値するのなら絶対くじけるなと言いたい。自分自身が強くなれば周囲の雑音は気にならない。
そのレストランと共に成長して下さいとエールを送ります。

私たち大人の料理人は、ひたむきで一途な料理人の卵たちを、自分の気分しだいで怒ってはいけないし、理不尽な要求をしてはいけません。皿や鍋ばかりを洗わせてもいけません。自分の知識の全てを彼らに教え、技術を余すことなく伝えるのが私たち先輩料理人の責任です。厳しいのは厳しい。でもしようのないことにまで、やたらと厳しがっては軽蔑されるだけです。私たちには出来る。彼らにはまだ出来ない。確かに彼らはまだ私たちに追いつけない。でもそんなことに目くじら立てて息巻いては大人気ない。
彼らもいつかは美味しい料理を作ってお客様に喜んでもらいたいと願っている我が同志なんですから。

見習いの頃、ハンバーグの仕込みを担当していました。まだ空も明け切らない真冬の厨房。誰も居ない。
半解凍の肉をミンサーにかける。ジュルジュル出てきたミンチを小さな子供だったら水遊び出来そうなくらい大きなボールに入れる。昨夜、炒めた玉ねぎは冷蔵庫でびんびんに冷えている。ボールに入れる。
卵30個。パン粉。調味料。全部入れた。袖を捲くりエイヤッと混ぜ合わせる。冷たいどころではない。
かじかみ、何故か耳や目までが痛くなってくる。ヤッテラレナイ・・・
チーフはまだまだ来ない。親方なんて昼時お客さんが入りだす頃、競馬新聞片手に裏口から登場する。
若い私はおもむろに白い長靴を洗い出す。そして靴の中に湯が入らないように慎重に熱湯消毒。
今だから白状しよう。
ボールを床に置き調理台に手をかけて、長靴を履いた若い私はハンバーグを踏みしめる。はやり歌を口ずさみながら。
親方に褒められる。お前のハンバーグは粘りが出ていて美味しい。店長にも褒められる。今度入った新入りはいつも長靴が綺麗で見ていて気持ちが良い。いやーっ・・・そうすか・・・。
若い私に調子のいい言葉は出て来ない。
でもこんなの料理人じゃない。私はもっと前へ前へと走りたかった。でも走るフォームが分らない。
フランス料理の調理理論やうんちくで私を導いてくれる人は回りに誰も居ない。ワインなんて親方が厨房で一升瓶のクッキングワインを飲んでいただけ。だから私はそこを飛び出した。

別の店では、出前をしていた。電話が鳴る。受話器を取る。Aランチをみっつ。ついでに前のタイヤキ屋でタイヤキを10枚と隣の電器屋で単三の乾電池ふたつ。・・・受話器を置く。
その時、料理をもう一度真剣にやり直そうと決心したんです。だから私はそこも飛び出した。
さきほど誤解を覚悟で羽ばたけと進言したのはそんなことがあったからです。

そして、あの人に出会いました。
ジャニー(春田光治氏)は、せん切りキャベツは絶対水にさらすなと言いました。
旨みが逃げるから・・・と。
にんにくは焦がすな。その臭いが支配的になるから。細ネギの小口切りは、白いところは薄く緑の部分は、それよりも少し厚く切る。
同じ幅だと一緒に食べた時白い部分の印象だけが残るから。
たかがと言ってはなんですが、そんな野菜のことにも細心の注意をはらえる人が魚や肉を料理したらどれほどの美味しさだとお思いですか?
調理という作業をするのでなく、美味しい料理を作ることに心を砕き追及する人に初めて出会いました。
私は、あの方の影響を強く受け、今の自分が存在していると思います。
だから、悶々しているのなら飛び出せと言ったんです。 

■料理人の卵の卵たちへ
そして今度は、まだ社会に出ていない料理人の卵の卵たちへお話しましょう。
夏休みの研修は終わった。君達の目は爛々と輝き、見る物聞く物食べる物、全てを吸収しそうな勢いだったよ。
これが現場の厨房です。これが私の作り上げたレストランチーム。
他店のことは知りません。私が見習いの頃、嫌な思いをしたことや素晴らしいシェフにめぐり合い、傍らで過ごした経験と自分の理想を加えた、これが私の愛するレストラン。
例え僅かでも君達は私のそばで無我夢中で過ごした。
だからもう、そんなに泣くんじゃないよ。これでお別れなんかじゃない。これからの長い料理人生の中で、ようやく
私との関わり合いが始まったばかりなんだから。


 

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