ボンヴィヴァン(伊勢外宮前 ボンヴィヴァン)

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プロフィール 河瀬毅 


■出会いと別れ(08.07.21)

挨拶が出来ない子は、話になりません。
おはようございます。おやすみなさい。ありがとうございます。
こんな言葉は当たり前です。朝起きて歯を磨くより簡単な行い。遅刻したら誰でもとっさに謝る条件反射のようなものなので、とりたてて言うことでは、ありません。
しかし例えば、用事があって遅れてきたりする。遅くなりましてすみませんの一言も言えない子や、返事もろくすっぽ出来ない子をレストランに携わる人間として教育するのは、運動音痴をウインブルドンで優勝させるほどに難しい。いたちの追いかけっこ。もぐらたたき。そういう子は常に僕を攻撃する武器を絶やさず備えています。
そのひとつひとつをじっと聞き、目を留めて訂正し、何故僕に注意されているのかを納得させようと言うのだから並大抵どころではなく、それこそ魂をゴソッと入れ替えなければ無理なような気がします。。
その反面、とっさに笑顔が出る子。例えミスをしても、申し訳ありませんでしたと心から反省して、翌日も真っ先に謝ってくれる子は、見ていて気持ちが良いし応援したくもなります。
僕の心を執拗に攻撃する連中は注意すると、又、怒られた・・・と気まずい顔をする。
ふてくされる奴には、もちろん僕の怒りの倍返しが待っているのですけどね。
どっちにせよ、そんな連中にはレストランへの道が又々遠のいてしまいます。
当たり前のことですが、教えてくれてありがとうございます、勉強になりましたと目を輝かせる子の未来は、限りなく明るい。
その人間自身が持ち合わせた本質に加え、物事を前向きに捉える性格は、周囲がほっておく訳がないし、自分の力でぐんぐん伸びていくのです。

ハイじゃなくイイエ。
僕の使った鍋を洗ってくれる子がいるとする。いつも、ありがとうねと労(ねぎら)う僕。すると、ハイと答える。
しかしここは、ハイではないと思う。いつも、悪いな。イエイエとんでもありません。
面倒ばかりおかけしているのですから、せめて鍋くらいは、洗わせてくださいな。・・・のイイエです。
先輩をさしおいて、自分が先に帰る場合に、元気よくお疲れ様でしたと言ってロッカールームに駆け込むのも、いかがなものかな?
お疲れ様も何も、それはこちらから君に掛ける、ねぎらいの言葉。俺たちはまだまだ残って働かなければいけない。
同時に全員で仕事が終わったならともかく、まだ相手に仕事が残っているのならば、ここはやはり、お先に失礼しますと言ってもらいたい。
口うるさいようですが、そういうことは、言い方を知らないだけで、挨拶が出来ないと言っているのでは、ありません。
僕が、我慢できないのは今日の礼と昨日の礼を言えない人たちです。返事が出来ないのもだめです。
声が小さくてこっちに伝わらないのも同罪。これは、徹底的に教えます。何が何でも。
それは何故か?そうですね・・・まず、いちいち僕が腹を立てなくてはいけないし・・・人間として話にならないからです。何のことはない些細な日常生活の中で、小さな憤りを覚えるごとに、いかに挨拶と礼儀が大切かをつくづく感じます。人間関係なんて、このようにシンプルで明快なものです。そして何てことないものなんです。
そこさえ、間違わなければ社会人として足並み揃えてスタート台に立てる。
本音を言わせて貰うと、このスタート台に立てるまでの要素は本来、学校などの集団生活や、アルバイト経験。
おじいちゃん、おばあちゃん、親御さんの躾けにより形成されて来なければいけないものだと思うのですが、いかがでしょうか?
まさか、親御さんを叱りに行く訳にはいけませんが、ちゃんと躾(しつ)けて貰えなかったのなら、自分で自分を躾けなくては社会では、相手にされません。
しかし、いくらグチを申しましても、連中の武器がひとつずつ減っていく訳ではないので、僕は性懲りもなく教えます。
何度も何度も・・・。
そしてその作業は、いつも無駄な労力に終わってしまうことにも慣れてはいるのですが・・・。

僕を困らす連中は、ある日突然に、プイと辞めてしまいます。もともと僕は、来るもの拒まず去るもの追わずの精神ですから、その辺はサッパリしているのですけどね。
それも人生。僕の元を飛び出して新しい出会いが生まれたなら、それはそれで喜ばしい限りです。
でも、僕は一生懸命頑張る子を応援したい。力の限り働いてボンヴィヴァンを卒業し、未来に向かって太く羽ばたいた連中に惜しみなく愛を送り続けたい。

大病を患い退院後に勇気を振り絞って面接にやってきた女の子がいました。アルバイトでの応募だったのでスタッフに応対を任せました。僕は、ちょうどその頃、ボンヴィヴァン美術館店の開店準備に忙しくて、直に彼女と会って話を聞くことが出来なかったことが幸いしたのかも知れません。

何故ならば、この子は驚くほど華奢で病弱のように見えました。とてもレストランの重労働には付いて来れないと、僕なら判断したでしょう。
幸か不幸か結果的に、ボンヴィヴァンで働くことになり、洗い場からスタートして徐々に体力を付けていきました。
ウチの洗い場、大変なんですよね・・・。山のように皿は、帰ってくるし、合間を見て鍋の洗い場にも走って行かなければいけない。想像してみてください。小さくて綺麗な顔立ちのスリムな女の子が、クルクルとこまネズミのように厨房を動き回るんですよ。厨房の構造上の問題で、ラック2個を駆使して洗浄機をフル回転させるには、必ず満杯の皿が入っラックをヨイショと持ち上げて洗浄機に通さなければいけない。あのか細い腕で・・・。後になって聞いた話ですが、これは、私には持てない・・・と思ったそうですよ。さぞ体力的に苦しかったでしょうね・・・。
ほどなくして、ホールにデビューする時期がやってきました。お客様と対面する難しい仕事です。しかし、未経験ながらあれよあれよと言う間に仕事とワインを覚えたのは、たゆまぬ努力と天性でもあるのかな?

僕は、皆様に聞いてもらいたい。この子は、誰よりもボンヴィヴァンに深い愛情を持って仕事に接してくれました。
どのお客様にも分け隔てなく女神のように微笑み、大きな愛で包んでくれました。そして、お顔が見えない電話予約のお客様には、丁寧な説明と明るい笑い声と共に日本全国のまだ見ぬお客様とボンヴィヴァンとを結わえてくれました。
そして、彼女の容姿に男共は、ポカンと口を開け、癒された。もちろん、僕が一番にね。

スタッフのみんなに謝りたいことが一つあります。こんなに大事なことを一年もの間、黙っていて悪かった・・・。
本当にすまなかったと思う。でも、どうしても言えなかったんだよ。
一生懸命、仕事を教えてもらっている後輩たちのキラキラした瞳を目にしたり、ケラケラとじゃれ合う同僚たちの楽しそうな笑い声を聞いていると僕は切り出す勇気を持てなかった・・・。
彼女が辞めるというゴールを皆が知ってしまうと、どんなに今が楽しくても反対側の悲しさがズドンと胸に突き刺さる。
まだ、知らせるのは今じゃない。まだ、今じゃなくていい・・・。そんな風にして一日一日がどんどん過ぎていきました。
出会いと別れ。人々と共に働くレストランのオーナーにとって、信頼する者と別離する寂しさを乗り越える強い精神力を持つことが一生のテーマです。
僕とマダム。そしてボンヴィヴァンは、かけがえのない大切な宝物を、この手から離します。

10月19日。5年間の勤務をもって龍田は、ボンヴィヴァンを卒業。
僕たちは、貴方がここで示してくれた行いと、貴方自身の魅力のすべてを永遠に忘れません。



 

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