ボンヴィヴァン(伊勢外宮前 ボンヴィヴァン)

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プロフィール 河瀬毅 


鍋を磨く(07.05.11)

忙しくて目が回り泣きそうなときがあります。12時間も立ちっぱなしで、それでも涼しい顔して料理を作り、笑顔でお客様のテーブルに向かわなければいけない。だからと言って苦痛や疲れを感じることはありません。
これは僕の愛している仕事なんですから。

朝目覚め、魚を仕入れに行く。こればっかりはお天気しだいです。
注文したものが必ず入荷するとは限らないけど、その反面、思わぬ素材を手にして小躍りしたい気分になることだってあります。
スーパーで、細々とした日常の調味料や賄いの不足を調達。
隣の店で厨房に必要な用品を揃え、全てを僕のお気に入りの車、オースチンに乗せる。
行き先を変え、取れたて野菜を揃えたら店へと車を走らせて厨房の窓を開けます。
おはよう!おはようございます!
窓越しに荷物を手渡すとスタッフ達が爽やかに朝の挨拶をしてくれる。
いつもの事ながらこの瞬間が気持ち良い。一日の始まり始まり。

例えば、きのうみんなでワインを味見したとします。
例えば、片付くのが遅くなり、僕がなんて事のない夜食をふるまったとしてもいいでしょう。
どんなときでも連中は決して礼儀を忘れません。昨日は、ごちそう様でした。その言葉がなにより嬉しいんです。
その場の礼は、子供でも言えます。大事なのはきのうの礼を忘れずに言えるかどうかだと思います。
給料も同じ。大切なお金なのだから手渡した時、ありがとうございます。とは、条件反射的に言えるでしょう。
翌日も忘れず、きのうはお給料ありがとうございました。
その感謝の声を聞く度につくづく給料を支払える喜びを感じます。

スタッフは僕の宝。誰もが新人の頃は右も左もわかりません。経験を重ねるうちに技術やセンスを習得し、知識が増えていく。段々と顔つきが凛々しく変化していくのは見ていて頼もしい。
僕がスタッフを育てる喜びは、そんなところにあるのかも知れませんね。

ミルクチョコレート色のオースチンを駐車場に止めて、レストランの門をくぐる。おはようございます!
ここでも、明るい声が聞こえてきた。
花殻を摘み終えて、中庭の薔薇のアーチに水を撒いているこの子の笑顔に僕はどれだけ癒されたことか。
玄関から入る。僕はいつもお客様と同じ入り口からはいることにしています。
同じ目線で見て何か不具合がないか確かめることも重要な仕事。そして、もちろんきょうも不手際はない。
ホールでは、マダムがパチリパチリとテーブルに飾る花を活けている。きょうは、撫子(なでしこ)と矢車草。
白いテーブルクロスの上できっと花々は映えるに違いない。
もう一人は隣で予約電話の応対中だ。
電話ではお互いの顔が見えないから、細心の注意が必要です。
このスタッフの誠意溢れる応答は、僕の自慢のひとつでもあるのです。

厨房のドアを開けて再び、おはよう!
ボンジュール!とは言わないし、どこかのグランシェフのように堂々と一人づつ握手もしない。
僕は僕。
かっこつけてそこだけ真似しても、どうせすぐにボロが出ちゃうんだから。これで良いんじゃないかと思っています。
厨房は、とうに動いていて魚を卸し始める者、スープの仕上げにかかる者、もう一人はカフェに置くサンドイッチを作っている。
切りくずのパンの耳を口に放り込み、さあて僕も仕事にとりかかろうか。
ガラス戸越しには、色とりどりのリキュール、香り豊かなフルーツに囲まれた二人のパテシエの笑い顔が見える。
ホールスタッフを入れて総勢9人。これが僕の精鋭チームです。
準備をしながら、朝の賄いを作るのは僕の重要な仕事。
和洋中、僕の料理を毎日食べて誰にも負けない味覚の舌になって行くんだぞ。そんな
つもりで料理しているのです。

慌ただしい昼営業が終わると、もう3時半・・・。
料理の試作をしたりワインのテースティングに費やすこともあるし、中庭の手入れや、柵のペンキを塗り替えたりするのもこの時間です。
スタッフが交代で作る夕方の賄を食べ終わると、・・・チーン!第二ラウンドの始まり始まり。
ディナーは、ランチとは若干雰囲気が違います。
ワインを楽しむお客様もいるのでソムリエが大活躍するのは、やはり夜の時間帯でしょうか。
トレイに載せたチーズを説明するギャルソン。
別のギャルソンは、ケーキを満載したワゴンをコロコロとお客様の席まで転がし、お好きなものを好きなだけいかがですか?なんて言っている。人々のさんざめき。輝くギャルソンの笑顔。
僕は訳もなくこの場面が好き。理由なんていらない。
心ときめく、このシーンが好きだから僕達は苦もなくこの仕事を続けているのです。

さて、そろそろ僕も挨拶に伺おうかな。
慣れる事のない毎日の緊張の瞬間です。そして楽しい会話と共に夜は更けて行く・・・。
最後のお客様をお見送りしたら、厨房を片付けて些細な業務をこなしていると日付が変わることがよくあります。
スタッフとのお疲れ様の挨拶も、ア・ドゥマン(又、明日!)とは言えないな・・・もう今日なんだから。

これが僕の一日。長いですか?長いでしょうね。でもこれは、僕の力が漲る(みなぎる)陽(よう)の一日。
光と影。陽と陰。忙しい時もあれば静かな日も有る。
お客様が少ない陰(いん)の時ほど経営者にとって辛い日はない。
恥ずかしい話、定休日の張り紙が貼ってあるんじゃないかと心配になって表を見に行く事もあるんです。
選び抜かれた食材はある。スタッフの配置も抜かりなし。カトラリーも眩しい位に光を放っている。
あと必要なのはテーブルを満たすお客様だけ・・・。お客様のざわめきが欲しい。

僕は深い井戸の底を覗き込んだようなヒンヤリとした不安を感じずにはいられません。
どこまで深いのか・・・もし過って(あやまって)落ちてしまったら二度と上がれない地獄の一丁目。
経営者は孤独だ。すがる物は自分の腕しかない。
考える。考える。考える。
地元では、ボンヴィヴァンというイメージが高級志向で一人歩きしているようです。
そのイメージは良いほうに回ることが多いんだけど、ちょっと邪魔することもあるみたい。
リーズナブルな料理を出す部屋もありますから安心して来て下さいね。

心に一抹の迷いが生じたら、僕はせっせと鍋を磨きます。壁も床も片っ端から磨いてピカピカにするのです。
ガスレンジも電気オーブンも新品のよう。スタッフの名誉のために、申しますがいつも綺麗なんですよ。
それでも磨かずにはいられない。・・・不安との闘い。
商売の神様。料理の神様。今まで僕がやってきたことに間違いはありませんでしたでしょうか?
天の声が聞こえるはずはないし、僕の願いも届かないだろう。それでも磨く。気分転換になって新しい料理が閃めくかも知れない。いや、閃めかせてくれるかも知れない。・・中庭も店内も清潔にしていれば、もっともっとお客様が来てくれるかも知れない。いや、来させてくれるかも知れない。

神頼みなどと笑えば笑え。僕はこの店を失いたくないから一心不乱に鍋を磨く。 
そして、進化したいから旅に出る。ワインの奥義も極めたい。
素晴らしきスタッフを乗せたボンヴィヴァン丸は、この先一体どこまで行くの?と尋ねられたら、今は行ける所まで。としか答える事が出来ない。
でも、僕は向こう見ずに目的地のない航海に出た訳ではありません。
そこは、まだまだ遠い。ただ恥ずかしくて言い出せないだけなのです。

 

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